第3歌集『memorabilia/drift』と第4歌集『polylyricism』の同時刊行のお知らせ

(ブログの上位記事として表示されるように、便宜的に2023年の記事としています。いつか2022年11月20日付けに戻します。)
全然更新できてなくてすいません。家のことと仕事と大学院と、そして短歌のことで手一杯でした。
そんなこんなで、2022年11月20日(日)付で9年ぶりの歌集、第3歌集『memorabilia/drift』(書肆侃侃房、\2,100円+消費税)と第4歌集『polylyricism』(短歌研究社、\1,700+消費税)を同時刊行します。ぜひお近くの書店やオンライン書店等でお求めください。
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第3歌集『memorabilia/drift』

第3歌集『memorabilia/drift』は2013~2017年の拙作を収録しており、書肆侃侃房の現代歌人シリーズ の35冊目となります。
装画は第1歌集に引き続き浅田弘幸先生!栞文を菅原百合絵さんと濱松哲朗さんにいただきました。装幀は書肆侃侃房の藤田瞳さんです。
www.kankanbou.com

第4歌集『poylyricism』

第4歌集『poylyricism』は私の今の指導教官である岡田猛先生の写真作品をお借りしました。栞文を井上法子さんと伊舎堂仁さんにいただきました。装幀は奥定泰之さんです!*2
短歌研究社のページが作成されたらリンクを書き込みます)

文学フリマ35でも頒布します

刊行日である文学フリマ東京35に1~2時間限定でブース出展(き-37・第二展示場側)し、第3歌集・第4歌集のほか、第3・4歌集に収録しなかった歌のフリーペーパー、「短歌で飯を食う箸」「文学で飯を食う箸」などと共にで取り扱う予定です。BOOTHなどでも追って出品いたします。

この2歌集の関連情報が出ましたら、この記事に追記していきます
第3歌集『memorabilia/drift』帯(栞文からの抜粋)

誰のものでもない非人称の「メモラビリア」の世界へと誘い込んでいるのだ 
――菅原百合絵


これは短歌なのか、短歌とは何かという、普段なら意識せず済ませてしまうような問いが喚起される
――濱松哲朗

第3歌集『memorabilia/drift』5首選
  • 信仰を持たないわれも祈りたくなることがあり手で手に触れる
  • 交差点で見せたバレエの一幕の、ほら弾けそうに見えないか、皆
  • 膝裏に力をためて黙る 恩寵として母語、牢獄として母語
  • あのときの(権威ですか?!権威があればなんでもできる!1!2!簒!奪ーっ!)いのち
  • 「移民とか難民系の本」っていう系の形に立ち尽くす系
第4歌集『poylyricism』栞文からの抜粋

「小さなもの」にその耀きの選択権を明け渡すことで、言葉が確かに点滅しながら。
――井上法子


世界がアホらしいとき、抒情で立ち向かってはいけない。秀歌になることがある。アホらしい世界が、素敵になってしまう。アホらしさのままに。しかし悼ませてもほしいときに。
――伊舎堂仁

第4歌集『poylyricism』5首選
  • 老いてゆくわが身裡にも性欲は水銀のごとく深くしづもる
  • 手を挙げてもタクシーは通りすぎてゆくぼくにこどもはいなか った った
  • ポエジーに正しさはあるというのなら私は正しく間違えている
  • アクセルが(バーニラバニラバーニラきゅうじんバーニラ)戻らなかった
  • nationとnationの違いをおもうとき男児が長い枝見せてくる*3

書評(2023年4月29日時点)

現代詩手帖」2023年5月号短歌月評欄で笠木択さんに『memorabilia/drift』『polylyricism』へ言及いただきました

角川「短歌」2023年5月号に浦河奈々さんによる『memorabilia/drift』『polylyricism』評

「短歌研究」2023年4月号に和嶋勝利さんによる『memorabilia/drift』『polylyricism』評

「短歌往来」2023年4月号に田中拓也さんによる『memorabilia/drift』評と堀田季何さんによる『polylyricism』評
www.nagarami.org

「ねむらない樹」vol.10に大井学さんによる『memorabilia/drift』評

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色んな角度からすんごい面白かったです。文学界の現代アート、読む21世紀美術館。頭の悪い表現で申し訳ないのですが、限りなく理系に近い文系の空気。自由過ぎるぐらい自由なのに無機質な雰囲気もあって、映画でいうなら『チャーリーとチョコレート工場』の感じです(個人の感想) 何回読んでも新しい発見があるのが嬉しい。

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私詩としての短歌の特性を踏まえたうえで、容赦なく自己を対象化し、さらには戯画化しながら、自意識の酔いを排除しつつ語ろうとする先鋭な構想力を持った哲学の語り手がいる。それは、現代に生きる者の世界観と言い換えてもいい性格のものだ。また、短歌型式を新たな詩の容れ物として展開するための納得のいく方法の提示がある。この二冊の遊びごころに満ちた作品集は、塚本邦雄土屋文明と同様に短歌を通して文明・社会批評を為していこうとする精神を多分に保持している。

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情報や状況と共謀し、雰囲気で抒情を拡散させない。抒情は抒情のみに語らせればそれでよい。酸欠空間でこそ、詩は生きる。

*1:本が2冊とも届いたら、現物で改めて撮ります

*2:この記事を準備している時点(11/3)では実はまだゲラの途中です。この超短期間で本当に実現できるのかしら、と不安に思うのですが、奥定さんには不安を上回る美本をご準備いただいています

*3:1つ目のnationにはルビ「国民」、2つ目のnationにはルビ「国家」