未来短歌会を退会します

加藤治郎氏に誘われて2003年6月に入会した未来短歌会を、次の会費切れとなる2024年5月末をもって退会することにしました。当の加藤治郎氏による、様々なセクシャル/パワー/モラル・ハラスメントに対し、ハラスメント被害者の回復と今後の防止に向けた自浄作用の一部となるよう、未来短歌会の会員のひとりとして微力ながら可能な行動に努めてきたつもりです。【ひとつの決着】加藤治郎さん、あなたは文章が読めない(19)Aさんのこと - Starving Stargazer!にAさんが記した、未来短歌会ハラスメント委員会から加藤治郎氏への厳重注意を受けて、私の役割を終えたものと判断し、退会を決意しました。
入会以来21年、人生の半分弱を未来短歌会の会員として過ごしました。未来賞と未来評論・エッセイ賞をいただいたことをありがたく存じます。なかでも、未来賞の授賞式(2009年の新年会)で、故・岡井隆さんから「中島が今のライバル」というお言葉を頂戴したことを、15年経った今でも励みにしています。昨年、未来短歌会の会員として3人目となる現代短歌評論賞の受賞が、未来短歌会に対してわずかばかりでも恩返しになっているとありがたいです。
未来短歌会と会員のみなさまの、ますますの活躍とご健詠を心より祈っております。ありがとうございました。

思いとかなんとか(追補)

第36回現代短歌評論賞落選作「短歌結社の再定義 ――解釈共同体としての短歌結社」 - Starving Stargazer!で私が主張したとおり、短歌結社は文学理念の共有を目的として存在するものであり、同人誌的側面や師弟関係的側面は、あくまでその目的を遂行するための手段です。この見解は今も変わりありません。
ただ、やはり人間関係という手段に支障を来した以上、私にとって、未来短歌会に残ることで文学的目的の遂行が難しくなった、と思います。端的に言えば、私と和解できていない加藤さんが残る限り、未来短歌会にいても私や一部他会員の活動が制限されざるを得ません。加藤さんが来場するかもしれないイベントがどんなに面白そうであっても、中島は参加できません。参加を強行しようとすれば、「加藤さんと中島が鉢合わせするかもしれない」とスタッフが毎度やきもきすることになります。これは私の本意ではありません。
2019年2月のミューズ発言後すぐに退会してもよかったのですが、その後5年以上未来短歌会に残っていたのはひとえに「お世話になった未来短歌会における自浄作用のため」です。私にとっては恩返しのつもりでした。私が未来に残っていたことでイヤな思いをされた会員も少なからずおられるようで、それは申し訳ない限り(加藤さんを除く)です。未来短歌会ハラスメント委員会による加藤さんへの厳重注意が、未来短歌会内で作用した自浄の、ひとつの達成であり、私にとっての一区切りによいかな、と判断しました。
この判断を後押しした事態はほかにもあって、そのひとつに、複数の選者や会員から「中島はまだ未来にいたのか(もう辞めたものだと思っていた)」と言われたショックもあります。結社の目的は人間関係ではないと主張する私が、人間関係をショックに思って結社を辞めるってのはなかなかに皮肉なものだと思います。

今後の活動は、いくつかの原稿と、某所でのセミナーの予定以外ほぼ未定です(情報がオープンになったらお知らせいたします)。当面は、家族と友人を大切にし、仕事をなんとかやりつつ、大学院生としての研究を進めることを最優先します。原稿依頼をいただければがんばります。評論の同人誌(これは関係の方々にずっと言っているのに、私の動きがトロくて申し訳ないです……)や個人誌を作りたいという思いもあります。みなさんに忘れられてしまわないためにも、何らかの発表の場を獲得しないとなー、とは考えています。
まあ、未来短歌会を辞めるからといって、短歌をやめるわけではないので、歌会や批評会など面白そうなイベントがあれば、未来関係であっても今後も気軽に声をかけていただけますと幸いです。飲みや食事のお誘いももちろん大歓迎です。今後もよろしくお願いいたします。