ブログ目次
- 2000年付の記事は過去の短歌連作
- 1999年付の記事は過去の評論
- 2004年~2017年の記事は旧「はてなダイアリー」から移行したものです
2025年12月12日(金)夜、第2回四谷SS歌会のご案内
12月12日(金)夜に第2回四谷SS歌会を開催します!会場は新宿区・四ツ谷駅近く。詳細と参加表明はリンク先をご覧ください
別途参加表明をいただいた方のうち2名は人生初の歌会!はじめましての方もお久しぶりの方も、よかったら歌会を一緒に楽しみましょう!
2025/9/23午後 中島裕介『memorabilia/drift』『polylyricism』読書会@都内某所のご案内
拙第3歌集『memorabilia/drift』と第4歌集『polylyricism』について2022年11月の刊行後3年近くの間、一部の方から「読書会はやらないの?」とお声をかけていただく機会が幾度かありました。
刊行当時は新型コロナをめぐる状況もなかなか落ち着かず、また個人的にも色々と大変なことが重なっていたたここまで先送りしておりましたが、一念発起して開催することとしました。
2025/9/23(火・祝)14時より、都内某所にてごく小規模に行います。ご関心を持ってくださる方は以下のGoogleフォームから参加登録をいただけますと幸いです。
forms.gle
会場等詳細につきましては、フォームに登録いただいたメールアドレスへ別途ご案内差し上げます。
みなさまからの貴重なご意見・ご感想を伺えることを楽しみにしております!
短歌とか言語の営みにかかわる者にとっての、公正さについての雑感
ある程度の時間が経ったのでちょっと振り返っておきたい。わたしがどうして、ある歌人やその周辺にいる/いた一部の方々の不公正な言動を、わざわざ「不公正だ」と言ってきたのか。
自分のブログ内で検索してみても、ここ6年ほど公正/不公正についてしばしば言及せざるを得なかったことがわかる。
公正 の検索結果 - Starving Stargazer!
なぜ「公平」とか「正義」ではなく、「公正」について語っているのかというと、公正さは社会やコミュニケーション、正義について考えるうえでの土台だからだ。
朱喜哲『〈公正〉(フェアネス)を乗りこなす』(2023、太郎次郎社エディタス)のP.47~48から引用しよう
わたしたちがともに不安定な社会を営むという挑戦において、おのおのの利害・関心を共存可能にし、また協働の果実を適切に分配するために機能する社会システム(制度)が「正義」です。そして、「正義」が合意されるための前提条件となるのが、そうした合意を形成する場が「公正(フェア)」であることでした。
ここまでの話をふまえると、公正さとはわたしたちの社会的な協働において、わたしたち個々人に要求される事柄(責務)を指しています。
(下線部は原文では傍点)
正義について言及し、あるいはほかのだれかと語りあい、合意を形成しようとするとき、その前提として公正な態度が必要になる。短歌を含む言語芸術に携わるなら、言語の営みにかかわる多くの人にくらべて、公正さがより求められるべきだと私は考える。言語芸術に携わっている個人が公正な態度を実現できないのであれば、その作品をも自ら毀損してしまうのではないか。その個人が行う選や評、作品に対する議論も「公正ではない」という疑念を招き入れてしまうのではないか。そのような事態を、本来は当人も望んではいないのではないか……?
いや、もうわたしが心配することでもないんだけれど
少なくともわたしは、過去のエッセイやトークで「自分が正義だ」なんて一言も言っていないし書いていない。実際、そう思ったこともない。ただ、公正であろうと努めてはいる。言語化し、対話するチャネルを開き続けようとしているつもりだ。
わたし自身も含め、言語芸術に携わる人に対して、一定の公正さを求めるのはそんなに間違った態度だとは思っていない
当方(中島)に対する名誉棄損について、勝利的和解の成立のお知らせ
みなさま、お疲れ様です。
インターネットの某所において、当方(中島裕介)やその家族に対する悪質な誹謗中傷が複数なされました。その誹謗中傷の実施者について当方から訴訟を提起しておりましたところ、昨日3/24に当方の勝利的和解が成立しましたのでお知らせいたします。
2025/2/16午後:第2回(rev)小竹向原歌会のお誘い
今週日曜日の開催予定です!今からでも間に合いますので、もしよろしければご参加ください!
