加藤治郎の2019年2月以降の言動については、何が問題なのでしょうか。私は(8)で加藤の言動の問題点を「ジェンダー的不公正」「文学的不公正」「リテラシーの問題」の3つに分けましたが、今回は別の角度から――「ハラスメントであるとしたら、どういうハラスメントであるか」を、厚生労働省や法務省などが示す定義に応じて、私の理解を書き残しておきます。*1
結論を先取りすれば、私は「シリーズ記事(3)で指摘したのは『パワー・ハラスメントの側面を持つセクシャル・ハラスメント』、詩客時評連載への圧力は『パワー・ハラスメント』または『モラル・ハラスメント』、その他は『モラル・ハラスメント』」と考えています。そして、短歌界隈の人々が知っておくべき自衛策として佐々木遥と花笠海月の記事を挙げるとともに、短歌結社等の集団・組織の側でどういう対策・体制が敷かれることが望ましいかも記述しようと思います。本シリーズ記事で触れた事例が今後の短歌界隈における、みなさまの活動のお役に立てていただければ幸いです。
定義の確認に多くの文字数を費やしています。手っ取り早く、短歌における自衛策等が気になる方はそちらに飛んでいただいても構いません。
また、一部において(一般的な)例を挙げております。不快感を持たれる可能性がある方におかれましては、閲覧を控えることもご検討ください。
ハラスメント
「ハラスメント」という語そのものが含まれた法令は数多くありません。
男女雇用機会均等法
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(昭和47年法律第103号。いわゆる「男女雇用機会均等法」)第11条以降がいわゆるセクシャル・ハラスメントに関わる部分になります。
(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)
第十一条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
人事院規則10-10
「セクシュアル・ハラスメント」について最も明確に定義されているのは、国家公務員の人事に関わる法令である人事院規則の平成10年度第10号です。
人事院規則10-10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)
(定義)
第二条 この規則において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 セクシュアル・ハラスメント 他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動
「セクシュアル」=「性的な」と考え、第2条第1項の条文から引き算して一般化すると、「ハラスメント」とは
他の者を不快にさせる職場における言動及びある者が他の者を不快にさせる職場外における言動
といえるでしょう。
大阪医科大学ハラスメント等防止委員会
人事院規則をもとにパラフレーズした「ハラスメント」の定義は、大阪医科大学が提示している「ハラスメントの定義」とほとんど変わりません。ただ、
ハラスメント(Harassment)とはいろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言います。その種類は様々ですが、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることを指します。
とあるように、「本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えること」と、加害者本人の意図が対象外であると明記している点、「尊厳」に言及している点で、「ハラスメント」全般については大阪医科大学の定義のほうが汎用性が高いと考えます。*2
国際労働機関
また、日本においては未批准ですが、2019年6月に国際労働機関(ILO)が採択した「仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約」の第1条第1項では「暴力とハラスメント」をまとめて以下のように定義しています。
https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_723156/lang--ja/index.htm
(a) 仕事の世界における「暴力とハラスメント」とは、単発的か反復的なものであるかを問わず、身体的、精神的、性的又は経済的害悪を与えることを目的とした、またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある一定の許容できない行為及び慣行またはその脅威をいい、ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む。
(b) 「ジェンダーに基づく暴力とハラスメント」とは、性またはジェンダーを理由として、直接個人に対して行われる、または特定の性若しくはジェンダーに不均衡な影響を及ぼす暴力およびハラスメントをいい、セクシュアル・ハラスメントを含む。
ハラスメントや暴力について、広く捉えられていることもあり、この考え方が日本でも今後取り入れられていくことを望みます。
セクシャル・ハラスメント
法令上の定義は前項とも重なります。厚生労働省と法務省での対策マニュアルを見てみましょう。
厚生労働省:職場でのハラスメントでお悩みの方へ(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)
www.mhlw.go.jp
法務省:(企業における人権研修シリーズ1)セクシャル・ハラスメント(2010年)
http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/sekuhara.pdf
対価型セクシュアル・ハラスメントと環境型セクシュアル・ハラスメント
法務省のマニュアルは厚生労働省の記述に従っていますので、両方を参照しながら進めていきます。セクハラの定義については男女雇用機会均等法の記述に従った上で、対価型セクシュアル・ハラスメントと環境型セクシュアル・ハラスメントに分けています。事例が細かく書かれた、法務省のマニュアルから引用してみましょう。
- 対価型セクシュアル・ハラスメント:職務上の地位を利用して性的な関係を強要し、それを拒否した人に対し減給、降格などの不利益を負わせる行為。
- 事業主が性的な関係を要求したが拒否されたので解雇する
- 人事考課などを条件に性的な関係を求める
- 職場内での性的な発言に対し抗議した者を配置転換する
- 学校で教師などの立場を利用し学生に性的関係を求める
- 性的な好みで雇用上の待遇に差をつける など
- 環境型セクシュアル・ハラスメント:性的な関係は要求しないものの、職場内での性的な言動により働く人たちを不快にさせ、職場環境を損なう行為。
- 性的な話題をしばしば口にする
- 恋愛経験を執ように尋ねる
- 宴会で男性に裸踊りを強要する
- 特に用事もないのに執ようにメールを送る
- 私生活に関する噂などを意図的に流す など
「職場」
なお、厚生労働省及び法務省はセクハラや次に説明するパワハラについて「職場でのハラスメント」に限って説明しています。これはあくまで「一般人(中島もそうですが)の生活においては「職場」が大きな比重を占め、「職場」においてハラスメントが多く見られる」ということでしょう。ハラスメントがそもそも人権に関わる問題である以上、現実のセクハラは職場に限ったことではない、と考えます。
また、2019年6月時点での、厚生労働省の資料によると
「職場」とは、業務を遂行する場所を指しますが、通常就業している場所以外の場所であっても、業務を遂行する場所については「職場」に含むことを指針で示すことが適当とされています。
とあります。加藤が結社や新聞歌壇等で選者・選考委員を行っている場は、有償であれ無償であれ、広い意味での「職場」でしょう。
パワー・ハラスメント
厚生労働省:パワーハラスメントの定義について(2018年)
https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf
法務省:(企業における人権研修シリーズ2)パワー・ハラスメント(2010年)
http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/pawahara.pdf
厚生労働省の3要件
法務省のマニュアルは2010年に発行されたものであり、厚生労働省の2018年の資料のほうが新しいので、こちらを参照します。厚生労働省の資料では、パワハラの定義要件が以下の3点にまとまっています。
- 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
- 業務の適正な範囲を超えて行われること
- 身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること
「優越的な関係」
1つ目の「優越的な関係」については、前掲2019年6月の資料で以下のように定義されています。
パワハラを受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係に基づいて行われることで、例えば、以下の場合も含むとされています。
- 職務上の地位が上位の者による行為・同僚又は部下による行為で、当該行為を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
本シリーズ記事(3)で、加藤がAに対して行ったのも
- 選者という優越的な関係に基づいて行われること
- 短歌という文芸や、短歌結社が行うべき事業の適正な範囲を超えて行われること
- 身体的(性的)かつ精神的な苦痛を与えること、または未来短歌会という環境を害すること
に当たるものです。あるいは、詩客の時評連載に対して、加藤が玲や濱松、中島に行ったことも
- 詩客顧問という優越的な関係に基づいて行われること
- 文芸や交流サイトが行うべき事業の適正な範囲を超えて行われること
- 精神的な苦痛を与えること、または詩歌を通じた交流という環境を害すること
に当たる、と私は理解しています。
モラル・ハラスメント
厚生労働省の定義
モラル・ハラスメントは、厚生労働省のサイト「こころの耳」ではこのように定義されています。
kokoro.mhlw.go.jp
言葉や態度、身振りや文書などによって、働く人間の人格や尊厳を傷つけたり、肉体的、精神的に傷を負わせて、その人間が職場を辞めざるを得ない状況に追い込んだり、職場の雰囲気を悪くさせることをいいます。パワハラと同様に、うつ病などのメンタルヘルス不調の原因となることもあります。
厚生労働省はやはり「職場でのモラル・ハラスメント」について記していますが、モラル・ハラスメントを提唱したイルゴイエンヌの同名書では第一部が「第1章 家族におけるモラル・ハラスメント」「第2章 職場におけるモラルハラスメント」と、職場に限らない考え方をしており、「言葉や態度等によって行われる精神的な暴力」を広く指すと考えるほうがよさそうです。Wikipediaの記述も参考になります。
- 作者:マリー=フランス イルゴイエンヌ
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 1999/12/01
- メディア: 単行本
私的領域でのモラル・ハラスメント
短歌界隈や結社のような、公的であり、私的側面をも持つような場*3でも「精神的な暴力」が行われる点に留意すべきだと考えます。
具体的なモラル・ハラスメント行動
法律関係のサイトにかかれた「モラハラにあたる具体的な行動・態度」例を引いてみます。
best-legal.jp
3、モラハラにあたる具体的な行動・態度(家庭編)
家庭で問題となるモラハラ行為には、以下のようなものがあります。
- 妻(夫)をとことん貶める
- 暴力を振るわず、暴言を吐く
- 相手を認めない
- 平気で嘘をつく
- 自分の間違いを認めない
- 妻(夫)を異常に束縛する
- 子どもに妻(夫)の悪口を吹き込んで、洗脳する
- 細かい、欲が深い
4、モラハラにあたる具体的な行動・態度(職場編)
職場でのモラハラ行為の具体的な行動は、以下のようなものです。
- 無視をする
- チームから仲間はずれにする
- 陰口を言う
- 誹謗中傷する
- 馬鹿にしたような視線を送る
- 冷笑する
- 仕事に必要な情報を与えない
- 過小な業務しか与えない
- プライベートに介入してくる
本シリーズ記事で見てきた加藤の、玲や濱松、中島らに対する態度は、特に「相手を認めない」「平気で嘘をつく(過去の言動と真逆のことを述べる)」「自分の間違いを認めない」「洗脳する」または「誹謗中傷する*4」と側面があるものと受け止めています。
短歌界隈の人々や、結社・選者等はどう振る舞うべきか
個人として対策、心構え、万が一の場合
短歌関係の場において、個人が普段から何に気をつけているべきかについては佐々木遥のnoteが、万が一の事態が起こりそう/起こった場合については花笠海月のnoteが、それぞれ参考になります。短歌界隈の方々はぜひ、一度目を通してください。
note.com
note.com
結社などの集団・組織での対策、対応(提案)
結社等集団・組織や、日本文藝家協会、日本歌人クラブや現代歌人協会など*5短歌結社を超えた組織に対する、全般的な提案です。実態に即して考えれば、ドリームプラン(実現の難しい提案)が多数含まれるかもしれません。歌壇全体や短歌界隈全体(ある業界全体)に対するハラスメント対策を打ち出すことはおそらく難しいでしょう。究極的には各人の意識をゆっくりとでも変えていくしかありません。ハラスメント事案が徐々にでも減らせるよう、組織・集団レベルで取り組めそうなことを、僭越ながらいくつか提案させてください。金銭コストや、会員の人的コストについても(中島の直感的な)目安を示しておきます。どれか一つでも採用をご検討いただければ幸甚に存じます。
- ハラスメント相談窓口の設置(集団内外の複数名で構成する委員会を設置し、相談方法を明示する)【金銭コスト・低~高、会員の人的コスト・中~高】
- ハラスメントの社外相談窓口を外部委託できるサービスがあります。ただ、基本的には営利企業向けのものであり、結社のような組織に対して同様のサービスを提供していただけるのか、どれくらいのコストがかかるのか現時点では定かでありません。
www.jiwe.or.jp
www.cuorec3.co.jp
-
- 法務省の人権相談窓口の存在を会員等にはあらかじめ示しておくのは一案かもしれません。【金銭コストも会員の人的コストも低】
- ガイドラインの策定【金銭コスト・低~中、会員の人的コスト・高(作成にあたって)】
- 文学的指導者と、組織運営の責任者を同一人物にしない【金銭コスト・低~中、会員の人的コスト・高】
- 上述のような対策を行っていることを結社誌誌面やウェブサイト上でも公開する
実際に導入できそうなのは
現実の短歌結社等において実施可能性が比較的高いのは、ガイドラインの策定でしょうか。前の記事でもアマルティア・センに言及しましたが、結社等集団・組織の運営にあたって、正義について合意を図るのが難しくても、不正義に対する合意は至る可能性があります。この記事が、不正義の合意に向けた一助となれば幸いです。
*1:この記事はあくまで「ハラスメントであるとしたら」という前提で書いています。私は法律の専門家ではないので、刑法への抵触可能性や、他の何に該当するか(しうるか)を決定的に述べる立場にありませんし、それらの見解・可能性についてはこの記事では扱いません。
*2:厚生労働省のサイトの中には「ハラスメントの定義」というページもありますが、パワハラやセクハラの定義が書かれているのみで、「ハラスメント」という考え方の根幹については触れられていません(もちろん、パワハラやセクハラの定義を検討する上では参考になります)。 www.no-harassment.mhlw.go.jp
*3:一応、アレント『人間の条件』(志水速雄訳、ちくま学芸文庫、1994)を参照します。「現代世界では、公的領域と私的領域のこの二つの領域は、実際、生命過程の止むことのない流れの波のよう に、絶えず互いの領域の中に流れこんでいる」(前掲書P.55)。短歌という文芸が「私的領域の出来事を言語化し、公的領域に持ち出すことがある」傾向を持つこともあり、短歌結社は公的領域と私的領域の交わった位置にある現代的な組織の一例、といえるかもしれません。
*4:未来短歌会会員に「中島は未来短歌会にいるべきか?」「中島は未来短歌会に選歌があるとわかっていなかったのでは?」と誘導尋問的に聞いて回る、など。色々と伝え聞いています
*5:と、名前を挙げてはいますが、私は誘われたこともないので、組織の規模感も体制も経理面も何も分かっていません。なので、的外れな部分もあると思います