ジョン・マイケル・トーマス・ウィリアムズさんに聞く*28

編集部「今年のノーベル文学賞が南アの白人作家J・M・クッツェー氏に決まりました。
そこで、2年数ヶ月前にJET PROGRAMME(外国青年招致事業)で南アから来日し、静岡農業高校で英語を教えていらっしゃるジョン・マイケル先生に、南アの複雑な文学状況や短歌について伺ってみたいと思います。できれば静岡県歌人協会の会員の短歌を英訳して読んでいただきたかったのですが、短歌の翻訳は至難の技なので困っていたところ、短歌総合誌『短歌ウ゛ァーサス』の創刊号に掲載された、第一回『歌葉』新人賞の上位候補作品(中島裕介作『無菌室に居るための舞踏譜』30首)に英語短歌があったので、二ヶ月ほど前にジョンさんにお渡ししてあります。今日はその感想もお聞きしたいのですが」


ジョン「僕は南アフリカ共和国ポート・エリザベスという港町で生まれ、そこの大学で心理学と哲学を専攻しました。父は英国人移民者たちの子孫で、空手をやっていたので、僕も6歳から手ほどきを受け、大学で空手部のキャプテンをしていました。京都で開かれた世界大学チャンピオンシップに参加して、なまの日本を味わったことが日本に興味を持つきっかけでした」


編集部「南アのアパルトヘイトは、今、どうなっていますか?」


ジョン「南アの人口比率は白人1人に対して黒人11人なんですよ。それなのに僕は一人として黒人の同級生に会ったことがないんです。これ一つをとってみても、南アの状況が分かるでしょう。黒人が全ての学校に入学を許可されたのは僕が高校を卒業した年、1994年でした」


編集部「南アでは文学は盛んですか」


ジョン「南アには11の公式言語があるのですよ。多民族多文化国家ですから。もっとも人気のあるテーマは自然とのつきあい方。そしてもう一つは政治的、社会的な自由を求める闘争を表現した作品です。貧困、犯罪、HIVをテーマにした暗い作品も多いですね。」


編集部「あなたは、詩をお書きになるそうですね」


ジョン「はい。詩は僕にとって自己解放なんです」


編集部「日本には『短歌』という定型詩があるんですよ。見ていただいた30首はかなり特殊で、先鋭的な作品ですが」


ジョン「翻訳者の意思が入ってるから、作者の意図がダイレクトに僕に伝わらないかもしれないという危惧がありますが・・・」


編集部「あ、この英語の一連は翻訳ではなく、これも作者自身の創作なのです。」


ジョン「そうなんだ。でも全く意味が分からないものがたくさんあります(笑)。僕が好きだなと思う短歌は次のような作品ですね。

 「君 死に給ふ事勿れ」 名が指されても情け為さざれナザレのイエス
 He can decide the divided angle on the side of the angles(=intelligence;evil device).

天使の側に引き裂かれた天使って、善と悪のことかなあ。私たちは日々、決断しなければならない場面に直面しますが、思考や知性によって、かえって、決断や道義的義務感が曇ることがある。難しいですね」


編集部「日本語の短歌と、英語短歌では、かなり違いますね。きっと作者は日本語の短歌と英語短歌の両方で重層的に世界を創りたかったのでしょう」


ジョン「

 共生のための矯正の、嬌、声のクレゾールに包まれている
 The more I dose the dog with a drug、the less my drive to dive is ・・・Really?

私はこの詩、好きですね。しかもDOSE、DOG、dRUGのフレーズも。私の解釈では犬はこの働いている社会のメタファーで、犬にドラッグを与えるというのは、社会や文化に順応するということでしょうね。多くの日本のビジネスマンは毎日毎日、ドラッグを飲むようにアイデンティティを失い、ずるずるとこのライフスタイルに溺れてしまっている、といった短歌なのでしょう」


編集部「なるほど。私もこの中島裕介さんの30首、よく分からなかったのですが、ジョンの読みを聞いていて、漸く少し理解できました」


ジョン「

 安らかにまた嘲え! 耽溺を描いた薔薇も腐り落ちれば
 He loves dazzle、daily DAISY、dazed dancing dainty.Daddy ・・・Daddy・・・.

この詩は私の頭の中でくっきりとした一枚の絵画になります。緑の芝生が広がる公園。涼風に吹かれるデージーの花。幼い息子をつれた父親。息子は父親と過ごすのがうれしくて、はしゃいでいる。この息子は私だ。この短歌はノスタルジックな思いで私を満たす」


編集部「日本語の短歌のほうは薔薇なのに、英語のほうはデージーですね」


ジョン「これらの短歌はとても興味深いものでしたが、全く分からないものが多かったので、できれば作者と直接語り合ってみたいなあ。ラテン、スペイン、ギリシャの神話を引用したり、頭韻をたくさん使っているのも面白いですね。」


編集部「ところで、日本の学生や若者たちの感性をどう思いますか」


ジョン「多くの日本の学生は創造的で個性的です。しかし子どもたちは甘やかされ、ほとんど努力もしないで進級してしまう事が多い。日本人は集団思考(志向)だと思う。授業中、生徒に質問すると、自分で答える前に周りの友だちと相談をはじめる。そうするとハバをきかしている生徒の意見が通り、おとなしい生徒は黙ったまま。僕は詩を創るときも授業プランを考えるときも、創造的になるようにと思っていますが、難しいですね」


編集部「日本の文化と日本人について、どう感じていらっしやいますか」


ジョン「私にとって日本の新しいものと古いものとがどのように出会っているのか、すごく興味があります。空手のような武道で、柔と剛、遅と速、伸と縮というような両極にあるものの片方を真に理解すると、もう一方も理解できるようになるということがあります。日本の伝統文化としての短歌を、もっと知りたくなりました」


編集部「ジョンさん、いろいろとありがとうございました。南アって私たちにはとても遠い国ですが、ほんの少々近い国になったような気がします」